抗体医薬のための細胞構築と培養技術
「はじめに」より
抗体医薬に代表されるような蛋白質医薬品製造においては、バイオテクノロジーを用いた生産は欠くことができない工程の一つである。特に、蛋白質医薬品の多くは生体内生理活性に翻訳後修飾が必要であり、高等真核生物である動物細胞を用いた生産技術が必要とされる。
特に21世紀に入って動物細胞を用いた生産技術は長足の進歩を遂げ、さらに周辺技術も格段に発展し、10g/Lを超える生産例も報告されている。
一方では、特に複雑な高等生物から構築された細胞株を用いる生産系そのものの解明は依然として明確にはなされてはいない。望むべき生産系を自在に構築して目的物を自在に生産するためには、この複雑な生物そのものとも呼べる細胞株の解明と制御が必要である。ある意味ではこれは人工生命を構築し、利用することに等しく、簡単に解決できる問題ではない。さらに、蛋白質医薬品製造プロセスは細胞株構築・培養・精製・レギュレーション等といった様々な分野の高度な科学技術を総合して初めて可能となるプロセスであり、これら各ステップやその複雑な相互関係の解析と利用は基盤的技術として必要とされる。
医薬品の評価の面からはレギュラトリーサイエンスという学問分野がある。これに対応するものとして小生はプロダクションに関わるサイエンス、「プロダクションサイエンス」を提唱したい。本書では、工学的な観点に立脚し特に日本で近年開発されているプロダクションサイエンスに関わる最新の科学・技術を上流から下流まで紹介しながら、本分野における基礎概念から最新の動向まで幅広くまとめて紹介することを目的とした。このように様々な分野の高度な科学技術を結集して行われる蛋白質医薬品生産は高度先進国でしかなしえない産業であり、我が国においても一層の発展が望まれる。本書は,抗体医薬・蛋白質医薬品の製造プロセスに向けた技術に焦点をあて,夢を語る「使えるかもしれない」テクノロジーではなく、使うための高度な基盤技術・科学・工学に焦点をあてた実用的な面からの紹介を心がけている。日本企業における抗体医薬への参入を促し,我国における先端技術を紹介し,先んじて核酸医薬・ペプチド医薬への参入を図るために参考になる書籍として本書が産業界の役に立てば幸いである。
(2010年5月 大政健史:「抗体医薬のための細胞構築と培養技術:大政健史 監修・著より」)
関連する総説
大政健史 「生物化学工学分野における動物細胞工学に関する研究」生物工学会誌(2021)
大政健史 「アカデミアにおける研究と「生物化学工学」」化学工学(2019)
下記の研究テーマは、古賀准教授の異動と共に異動しております。
極限環境微生物由来タンパク質の構造と機能の研究
タンパク質はアミノ酸がつながってできたポリペプチド鎖という生体分子です。この鎖が自動的に折りたたまれて固有の立体構造(三次構造)を採ることで、多様な機能を発揮する事ができます。機能上、あるいは構造上類似性の高いタンパク質同士をファミリーと呼び、自然界にはおよそ3000のファミリーがあると言われています。これらのタンパク質は生体の主要な化学反応を触媒するなど生命にとって不可欠な分子であるだけでなく、医薬品、コスメティック、化学合成、食品加工など多くの産業分野においても重要な役割を果たしています。生命の基本原理を理解し、産業応用するためには、タンパク質の構造と機能の関係をよく理解する必要があります。
超好熱菌をはじめとする極限環境微生物由来のタンパク質は、一般的なタンパク質分子に比べ特殊な物性を有していることから産業上利用が期待されています。一方で、その特殊な物性がどのような構造に由来するものかという「構造-機能相関」についてはあまりわかっていません。私達は特殊な機能を持ったタンパク質を天然のお手本として、その構造と機能の関係を理解するところを研究の出発点にしています。次にタンパク質分子のアミノ酸配列を自由に改変するタンパク質工学技術を活用して、タンパク質の機能変化や構造変化を解析して、新しい機能性タンパク質を創りだすためのデザイン原理の構築し新規機能を持ったタンパク質を創ることを目標にしています。
- 1-1 超好熱菌由来タンパク質の構造と機能に関する研究
- 1-2 生体標的分子に特異的結合する擬似抗体の作成
- 1-3 メタゲノムライブラリーからの新規酵素探索
- 1-4 リパーゼの疎水ポケットのコンビナトリアルエンジニアリング
下記の研究テーマは、古賀准教授の異動と共に異動しております。
超好熱菌由来酵素の産業利用法の開発
一般的に酵素は熱に弱い繊細な構造を持った分子だと言われています。そのため、酵素の利用法は比較的温和な条件でしか使うことができず、利用法が限定されていました。ところが超好熱菌由来の酵素は、100℃でも変性することのない非常に安定性の高い機能分子です。高温、有機溶媒や変性作用のある化学物質などが存在していても安定した機能を発揮することができることから、これまでの酵素とは全く違う使い方ができると考えられます。例えば、これまでにない物理化学的条件下で病原性の感染因子を酵素で無毒化したり、ナノ粒子上に酵素を配置することで酵素機能を制御したりしてきました。他にも酵素の新しい使い方がたくさん考えられます。私たちは、超好熱菌由来酵素を使って、酵素利用法の新しい形を提案したいと考えています。
- 2-1 超好熱菌由来プロテアーゼによるタンパク質性感染因子の不活化
- 2-2 金-酸化鉄ナノ粒子と酵素複合体の開発